お弁当分担デー

 梅雨明けの頃、日差しも強くなり一気に夏らしさを感じるようになった、とある日の薔薇の館。
 由乃と令は昼食を取るために薔薇の館に訪れた。
 二人は従姉妹同士で家も隣同士。互いの家族も仲が良く、普段から親密な交流が行われている。
 そんな島津家と支倉家の交流の一つに、お弁当分担デーというのがある。
 これは島津家あるいは支倉家が、その日の両家のお弁当をいっぺんに作って、効率良く、味も新しくしようという趣旨のイベントである。
 今日はまさにその日であって、
「さぁお待ちかね」
 と、令はうきうきとお弁当を取り出すのだった。
 今回は島津家が担当と言うことで、由乃はすでに中身を知っている。
「あまり期待しないでよ」
 そう言いながら自身も包みからお弁当を取り出す。
「おばさんのお弁当はいつも豪快だから楽しみなんだよ」
 令は満面の笑みを浮かべて由乃に言う。
 繊細な味付けや凝った細工などの技が光る支倉家のお弁当、それに対して島津家のお弁当は一言で言えばまさに豪快。特にお弁当分担デーでは、剣道部大将たる令が食べるということもあって、由乃の母はなお一層力を入れて作るのであった。
「ま、開けてみてよ」
 由乃が勧めると、では早速と令はお弁当のフタを取った。途端、「うわぁ」と令の口から感嘆の声が漏れた。
 一面茶色の、とても女の子のお弁当とは思えない色彩。香ばしい香り。
「うなぎだぁ」
 そう、今日のお弁当ははうな重弁当だった。
「山椒もあるわよ」
 由乃がカバンから取り出した巾着袋から別添のたれと山椒が出てきた。
「精がつくね」
「うん」
 二人は揃って「いただきます」をして箸を付けた。
 令は豪勢な夏の味覚に舌鼓をうち、由乃もうまいうまいと言いながら、うなぎを頬張っいる。
 二人でお弁当を食べ進めるうち、令はふとあることに気がついた。
 由乃の弁当箱が初めて見る真新しい物に変わっていた。よく見るとサイズも一回り大きくなっている。
 食が細く、手のひらに乗るほどのお弁当箱を食べきるのが精一杯だった由乃。だが今はそんな時があったことを忘れさせるほどもりもりと食べている。
 少しづつ、着実に、たくましくなっていく由乃。
 手術から半年以上経とうというのに、未だに令の涙腺はこういうことに弱かった。
「うぐっ……」
 鼻をぐすぐすと言わせながら食べる令。それに気づいた由乃は、
「……泣くほど美味しいの?」
 令の顔を覗き込み、いぶかしげにそう聞いた。すると令は言葉を発することができず、ただうんうんと首を縦に振った。
 その様子を見た由乃は、一瞬複雑な表情を浮かべたが、やがて静かに目を閉じ、
「もう梅雨も明けたというのに、私のお姉さまときたら……」
 そう呟いてから、また一口うなぎを頬張った。

おしまい。

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