コーヒーと夏服

 薔薇の館。
 二階の会議室のドアを開けると、中には既に白薔薇さまがいて、マグカップを持って壁にもたれながら窓の外を眺めていた 「やぁ祐巳ちゃん」
 私が入ってきたのに気付いた白薔薇さまは、両手をばっと広げて私を迎えた。さあ私の胸に飛び込んでおいでみたいな感じで。
 私はそれに構わず、
「ごきげんよう白薔薇さま」
 わざと、いつもより丁寧に、うやうやしく礼をしてから席についた。
「もー、つれないなぁ」
 と言ってカラッと笑う白薔薇さま。さわやかなフリをしてるけど、白薔薇さまの真の姿は、セクハラ王。もし悪乗りしてその胸に飛び込んだりしたら、一体どんな事をされるか。さらに、もしその様子を祥子さまに見られたり、あるいは志摩子さんに見られたりなんてしたら何と言い訳すればいいか。恐ろしくてとてもそんなことはできない。君子危うきに近寄らずである。
「久しぶりに祐巳ちゃんを抱きしめたかったのに」
 そう言いながらマグカップを中身をぐいっと飲み干す白薔薇さま。
「おかわり、おいれしましょうか?」
 私が腰を上げながら言うと、
「ん、お願いしようかな」
 白薔薇さまは空になったマグカップを手首でリズミカルに振りながら答えた。
「コーヒーでよろしかったですか?」
 マグカップを受け取りながら伺うと、
「うん、うん」
 と、子供のような屈託のない笑顔で頷いた。白薔薇さまの端正な顔立ちとのギャップに思わずくらり、ときてしまう。
(白薔薇さまはやはり恐ろしい人だ)
 そんなことを思いながら、私は新しいマグカップを出してコーヒーをいれる用意をはじめた。
 一方、白薔薇さまはまた窓の側の壁に戻って外を眺め始めた。
 それは白薔薇さまの最近のお気に入りだった。じっと、愛おしいものを見るような目で窓から見えるリリアンの景色を眺める。
 もうすぐ春がやってくる。
 白薔薇さまの様子を見ていると、逆にこちらのほうが感傷的になってしまうので、目の前のコーヒー作りに集中することにした。
 マグカップに即席コーヒーの粉を適量入れ、ポットのお湯を注ぐ。白薔薇さまブラック派なのでこれをかき混ぜれば完成だ。
 美味しくなあれ、と念じながらくるくるマドラーを回していると、不意に白薔薇さまが、
「それにしても」
 と呟いた。私が顔を上げると、白薔薇さまはやわらかく微笑みながらこちらを見ていた。そして、
「祐巳ちゃんの夏服を拝めないのが心残りだ」
 と続けた。
「白薔薇さまったら、またセクハラ」
 そう返すと、白薔薇さまはふふふと笑い、私もふふふと笑った。

おしまい。

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