ノート1〜4

◆祥子の見る夢
「何故生きている牛さんを見ても食欲が沸かないのでしょう」
 目の前の牛を見ながら不思議そうに呟く祐巳の目はキラキラと輝きながら、口からはキラキラとよだれを出していた。
 何故、そんな嘘をつくのだろうと、祥子は疑問に思った。
「お姉さま、ハラミは横隔膜だそうですよ」
 祐巳が笑顔で牛を指差す。




「ひどい!ひどい!令ちゃんひどい!」
 と言いながら金属製のお盆を令さまの頭に何度も打ち付ける由乃さん。




「令さまのハートを独り占め。令さまは人気なんだから、由乃さんの立場は羨ましいよねー」
「ふふ、だって令ちゃんが私にベッタリなんだから仕方ないわ」
「うわ、今沢山の令さまファンを敵に回した!由乃さんそんなことばっかり言ってると、いつか背中から刺されちゃうよ」
「でも、祐巳さんだって、祥子さまは祐巳さんのものでしょ?」
「うちは相思相愛だから」
「うわ、刺されるわよ」




「スネ!スネ!」
 丸腰の令のスネを竹刀で執拗に狙う由乃。
「痛い!やめて!明日大会なんだから!」




 志摩子の部屋のマリア像に宿るマリア様は深く関心していた。何にかと言うと、今志摩子の傍らに伏している猫、これが何と人語を喋るのである。初めてそれを目撃した時は驚きもしたが、なるほど私がしばらく志摩子の部屋に籠もっている間に、猫達はかなりの努力を重ね、人間との言語コミュニケーションを獲得したのだろう。殊勝な生き物である。そして志摩子も、
「はっ!大変、祐巳さんが大ピンチ!行くわよゴロンタ!」
 そう言ってすっくと立ち上がり、
「ロサロサギガギガギガンティアー!」
 呪文のようなものを唱えたかと思うと、一人と一匹は光に包まれ、そして跡形も無くなった。
 猫が喋る時分だ、人間がこの場から消え失せて彼方へ行くのも想像に難くない。大したものだ。
 ……はて、遠くで犬がワンワンと吠えている。犬は怠け者だな。




 朝のリリアン女学園。マリア様の前で手を合わせていると、
「ゆーみちゃん」
 後ろから声をかけられた。この声は、と思って振り返るとやはりそこには白薔薇さまが。
「ごきげんよう白薔薇さま」
「ごきげんよう。いや早起きは三文の得と言うけど祐巳ちゃんに会えるとは」
 そう言ってマリア様の像の前で、
「これもマリア様のお陰です、ありがとうございます」
 まるで柏手を打つようにパンと手を合わせる。しばらくしてお祈りが終わると、
「じゃあ祐巳ちゃん、手、繋ごっか」
 と白薔薇さまは右手を差し出してきた。
「流れるようにセクハラしないでください」
 祐巳はぷいとそっぽを向く。
「祐巳ちゃん最近ハッキリと言うようになったね。大変結構」
 うんうんと頷く白薔薇さま。
「白薔薇さまのお陰です」
「ふふふ、そうね。じゃあ、手、繋ごっか」
 と言って今度は有無を言わさず祐巳の手を取った。
「あっ」
「上級生の言うことは聞かないと」
「それじゃあパワハラですよ」
「いいからいいから」
 そう言って祐巳の手を引く。
「老い先短い先輩にサービスしてちょうだい」
 それを言われると弱いな、と思い祐巳は諦めた。




「由乃さん、どうしよう」
「何?」
「私、どんどん祥子さまのこと好きになっていってる」
「ごちそうさま。もう結構」
「もう、聞いてよ。友達でしょ?」



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