ぬくもり

 大寒の候、エアコンが壊れた薔薇の館。
「さ、さ、寒いわ!」
「よ、よ、よりにもよってこんな日に壊れなくたって!」
 祐巳と由乃は口々に言いながら寒さに凍えていた。
 こんな日、というのは山百合会会報誌の原稿の提出期限日。他のみんなは前々に済ませていたから先に帰ってしまい、ずぼらな二人だけが残ってこの宿題を片付けていた。
「終わってないけど、帰ろう祐巳さん!」
 由乃さんはがちがちと歯を鳴らしながら言った。
「駄目だよ、怒られる!」
 寒さのあまりペンを震わせながら祐巳は言った。
「鬼じゃないんだから許してくれるわよ!」
「鬼よ!祥子さまは、こういう時!」
 期限を破ってしまった事を叱る祥子さまを想像して、祐巳はさらに震えた。
「あと少しだから頑張ろう由乃さん!」
「もう、こんな事になるなら早く済ませておけばよかった!」
 いまさら言っても仕方がない。後悔先に立たずだった。


 ……それからおよそ10分後。


『終わったーー!!』
 言うや二人は光の速さで提出用のファイルに原稿を挟み、テーブルの上の物を片付けて、
「寒い寒い!」
「帰ろう帰ろう!」
 とにかく急いで部屋を後にする。扉を荒っぽく閉めて、階段を駆け下りる。そして踊り場を曲がったその時、二人はあっと驚いた。階下に二つの人影。
「お、お姉さま!」
「令ちゃん!」
 なんと待ち構えていたのは祥子さまと令さま。それを見るや、由乃さんはだだだだ、と階段を下って令さまに抱きつく。祐巳も祥子さまに駆け寄った。
「待っていてくださったのですか」
「二人が逃げ出さないか、監視のためよ」
 祥子さまの温かい手が祐巳の冷たい手を包んだ。口ではそう言うけれど……お姉さまの優しさに、妹二人はじんと来た。
 薔薇の館を後にし、姉妹は並んで歩く。由乃さんはご機嫌で、令さまの腕にずっとしがみついている。
「歩き辛いよ」
 と言いつつ、まんざらでもない様子の令さま。
 祐巳は祥子さまと互いの手袋越しに固く手を繋いでいた。
「祐巳、なかなか我慢強いのね」
 偉いわ、と言って祥子さまは目を細めた。祐巳は褒められたのが嬉しくて、
(偉いわ……偉いわ……)
 頭の中で何度もリピートして悦に浸る。
 吹く風は冷たいが祐巳の心は温かくなった。


「……ところで祐巳、誰が鬼ですって?」
 ああっ!聞こえていましたか!

おしまい。

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