お題:ゴロンタ






 猫は時に、『こいつは狩りが出来ない』と判断すると、自分で狩った獲物をくれてやると言う事があるらしい。
 とある日の早朝。
 リリアン女学園のマリア像に宿るマリア様は、昇る朝日を眺めていた。
(今日はいい天気になりそうだ)
 と、晴れやかな気持ちになりながら悠々と景色を楽しんでいると、視界の隅にこちらに向かって近づいてくる小さな影を見た。視線を向けると、
(ゴロンタだ。おや、何かくわえてる。……ネズミだ)
 マリア様は、なるほど流石のら猫、自分で獲物を仕留めて自活する術をちゃんと持っているのだと感心した。
「やるわねゴロンタ」
 マリア様がゴロンタに声をかけると、ゴロンタはマリア像の台座の正面に獲物を置いて、
 にゃー
 と鳴いた。そしてそのネズミの死骸を置いたまま踵を返して帰っていく。
「ちょっと待ってゴロンタ、私これいらない」
 慌てて言ったマリア様だったが猫に言葉が通じる訳もなく、ゴロンタはどこかへ行ってしまった。
「あー……」
 残されたネズミの死骸。どうしよう、このグロテスクな物をリリアンに通う子羊達が見たら驚きと恐怖でパニックを起こしかねない。
 慈悲深いマリア様は何とか出来ないものかと、脳内で『マリア像ルールブック』をめくった。『マリア像ルールブック』とは、世界各地のマリア像の序列を明確化し、起こす事ができる『奇跡』をルールとして明文化したものである。えーっと、私が起こしても良い奇跡は、
『一瞬だけ後光が差す』今は関係ないわね。
『聖歌が響き出す』これも関係ない。
『生き返す』あ、コレだ、コレは使える。えい!
 しかし ねずみはいきかえらなかった
 ザオラルかよ!使えないな!
 と、そんなことをしているうちに、校門の方角から人影が近づいてきた。マリア様がよく目を凝らして見ると、
(あれは確か、白薔薇さまの藤堂志摩子……)
 志摩子はいつものようにマリア様に祈りを捧げる為に像の前に進み出る際、ふと視線を落とした先にネズミの死骸を見つけ、あっ、と小さく声を上げた。しかし、意外にも落ち着いた様子でじっとそれを観察している。そして、
「これはきっとゴロンタの仕業ね……。使い魔でいられる時間がどんどん減っているのだわ」
 険しい表情をして言う志摩子。
(使い魔……?一体、何を言っているのだろう?)
 訝しむマリア様をよそに、志摩子はキョロキョロと辺りを見渡した。
「誰も居ないわね……」
 そう確かめると、彼女は瞑目し、小さく息を吸った。そして、
「ロサロサギガギガギガンティアー、えい!」
 呪文とともに腕を振ると、ぽんっと言う音と共にネズミの死骸が白い煙に包まれた。そして煙が晴れると、なんとそこにあったはずのネズミの死骸が跡形もなく消えていた。
(ええー!何いまのー!)
 マリア様は驚きの余り声を上げそうになったがすんでのところで堪えた。一方、
「待っててね、ゴロンタ……!」
 そう言って志摩子は校舎の方へ向かって行った。
 ……。
 マリア様像に宿るマリア様は暫くの間ぽかんとしていたが、
 にゃー
 という鳴き声で我に返った。足元を見ると、ゴロンタがちょこんと座っていた。
「お前、何か大ごとになってるの?」
 マリア様が問いかけるとゴロンタは、
 にゃー?
 と鳴いて首を傾げた。

おしまい

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