夏山

 とある日の放課後、乃梨子が薔薇の館の会議室の前の扉まで来ると、中が騒々しい。
(なんだろう?)
 と思いながらドアを開けると、
「あっ!乃梨子ちゃん!」
 由乃さまと黄薔薇さまが居た。
「乃梨子ちゃん聞いて、令ちゃんひどいのよ!夏休みに富士山登りたいって言ってるのに令ちゃんがダメっだって!令ちゃんの同行が条件なのにいじわるでダメだって!」
「いじわるじゃないよ、登山初心者には無謀だって言ってるの」
 頭を抱えている黄薔薇さま。
「初心者って、由乃さまは登山したことはあるんですか?」
「初めてよ!」
「初めてならもう少し低い山でも……例えば高尾山とか」
「令ちゃんと同じこと言ってる!」
「誰だってそう言いますよ」
「ほら由乃、いい加減……」
「なにがホラよ!ぶっとばすわよ!」
 黄薔薇さまへの当たりがつえぇ!
「由乃さま、富士山は日本一高い山ですよ?」
「だからいいんじゃない!」
「どうして登りたいんですか?」
「そこに富士山があるからよ!」
「富士山は静岡ですよ……」
「ご来光を拝みたいの!健康になった時に叶えたい夢だったの!」
「そうは仰いますが、由乃さまを心配する黄薔薇さまのお気持ちを少しは考えて差し上げてはいかがですか?」
「私の富士山に登りたい気持ちを考えられない令ちゃんの事のなんて、考える必要ない!」
 暴虐だ。邪智暴虐の王だ。
「もういいや、誰が何と言おうと富士山登るもん知らないもん。令ちゃんもついて来たくなったら言ってね」
「よ、由乃ぉ!」
 二人が部屋を出てバタバタと階段を降りていく。それと入れ替わりにコツコツと階段を上ってくる音がした。
「ああ、乃梨子。何かあったの?」
 現れたのは志摩子さんだった。今すれ違った二人の事を聞いているらしい。
「ええ、夏休みに富士登山をするしないで口論されてました……」
「あらあら」
 と言ってほほえむ志摩子さん。
「黄薔薇は安泰ね」
「安泰……?」
 乃梨子は首を傾げるだけだった。

おしまい

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